三島由紀夫は、金色夜叉の名文として知られる、「車は馳せ、景は移り、境は転じ、客は改まれど、貫一は易らざる其の悒鬱を抱きて、遣る方無き五時間の独に倦み憊れつゝ、始て西那須野の駅に下車せり」を挙げ、この名文が浄瑠璃や能の道行の部分であり、道行という伝統的技法に寄せた日本文学の心象表現の微妙さ・時間性・流動性が活きている部分だと解説し、「『金色夜叉』は、当時としては大胆な実験小説であつたが、その実験の部分よりも伝統的な部分で今日なほ新鮮なのである」[13]と述べている。また小説の主題である金権主義と恋愛の関係については、「金権主義が社会主義的税制のおかげで一応穏便にカバーされてゐる現代は、その実、『金色夜叉』の時代よりもさらに奥深い金権主義の時代なのであるが、これに対する抗議が今ほど聞かれない時代もめづらしい。といふのは、現代では、金権主義に対抗する恋愛の原理が涸渇してゐるからであり、『金色夜叉』において、金に明瞭に対比させられてゐる恋愛の主題には、実はそれ以上のものが秘められてゐたのである」[13]と述べている。
日曜日は、熱海港とお山の往復をまたしてみた。往復4キロ傾斜16度の急斜面が続く。心臓がもう2つほど欲しいぜと思う。認知症予防のため30分間早歩きが有効というダサイTVを見たせいだが、おかげで今朝も爆睡で筋肉痛だ。
散歩なのに登山靴を僕は履く。グリップが優れているということ、階段が数百段あるのがわかっているから、足首の捻挫のリスクを考えるとハイカットのスキーカーでも危ない。ということでキーンというアメリカものの登山靴を僕は3足交替で愛用している。これで2300メートルの南アルプスも登った靴だ。これは実は4万円の靴だが、中国の製造メーカーの横流し品である。余分に5%ぐらいは不良品が出来るから多めに生産するのだが、それを別ルートでコソッとネット販売しているから、サイズと色に偏りがあってすぐに品切れになるのね。だから4万円のプロパー品がたまに8900円で売っている。こういう中国商売には慣れっこだからなんでも探してみるといろいろあって面白い。著作権や商標なんて概念そのものが無い国だから、パチもの天国だが、本物とパチものの差がないものも中にはあるのである。だって同じ工場で同じ人が作って、別のルートで売るだけだかねー。委託生産ならこれは生産量の数%なら免れようがないねと思う。この金を海外で蓄積して逃げ出すことを考える中国の工場主を僕はたくさん知っているのね。昔おつきあいしてたから、まあロンダリングと同じことを商品輸出を通じてやっているだけですね。華僑恐るべしというか、、。だから真面目に物作りして儲けようと考えてる日本人って、ホントマジに馬鹿っていうか、マヌケってきっと映っていると思うなあ、彼らの目には。国民性という意味では商売に向いてないのねという自覚が無い.(爆)
熱海の海岸の側に、尾崎紅葉の金色夜叉の「お宮を足蹴にする場面の銅像」があるのを知っているかな?新聞小説だったから三島は上記のようなコメントをしていたらしいが、時代は様変わりで現在の若いネーチャンにこんな話をしたら全員に爆笑されるだろうと思う。
「金のない男はペアリングの対象外」という冷静な婦女子の風潮は、古今東西、常に世の常識で国営放送の「仮カレ」というドラマの主題と一緒である。まあ目的ゲットの手前の空いた時間は、テキトウに見た目が良さげなのをつまみ食いして暇つぶし。本命を見つけたら猛然と奪取して、餌を取るという行動は、ライオンの牝と同じだから、♀の生き残りの前提条件であり、今更「金権と恋愛」などと脳内ドーパミンの作用を否定するかのような三島の言は逆さまである。「アホちゃうか?」と思うのね。
フィアンセを金持ちに寝取られた男が惨めさに女を足蹴にして「覚えてろ!」という棄て台詞を吐いて、結局は自分も高利貸しになって金持ちを目指すというダサイお話だが、それなら最初から恋などという幻想を信じるなアホ!ということになるだろう。まさかこんな男は現代にはいないと思うが、、。いたら国宝ものだろうと思う。だからこの銅像は国道沿いに建っているが一人も観光客がいないのね。
さて相場は予定調和の通りに突っ込んで来た。このまま17000円前後までは節目が無いので短期でストンと行きそうだ。板が薄いから裁定買い残の解消売りだけで下げている。ソニーなんてまだ1000円ぐらいはすぐに取れそうな感じかね。14年10月の日銀ギャップを埋めるということになれば225は 15000以下というのが最初のコツンかね?とも思う。朝成りで数枚売ってみたが「いい感じ」で利が乗るものが多いよね。「なんでもかんでも戻れば売れば取れるでしょ?どんなアホでも売れば利食いですよ、しばらくは。」でも信じて曲がっても知らんけど、、